第1回哲学カフェ(読むテツ)「ソクラテスの弁明」

読書の喜びを知りつつ
正しく考える作業ができる人になろう

≪哲学カフェ(読むテツ)≫

記念すべき第1回が2014.3.15に開催できました

ご参加いただいた5人の(テツ女たち

どうもありがとうございました。

 

哲学とはなんだろう?
そんな難しいことできるかいな?...

なんて気負わずおいでいただける哲学カフェにしたかった

 


だから、前もって予習とかしないでくださいねってみなさんにお伝えしていたのは…
 「驚き」がなくならないためでした

 

自分の気持ちのさざなみに驚いて欲しかったんです

わかるとかわからないとかではなく

ちゃんと驚くことができる

そのことはそれだけで素晴らしいことなのだということを

ご自身で感覚していただきたかったのです


 「驚き」は「変化」するために必要な要素です
その「驚き」を味わう会なのでした。

 

本当にありがとうございました。

 

兎に角お天気も悪くなくって良かったです

お天気に味方していただいた気持ちで嬉しかった

場の空気になじんでいたかったものですから

少し早目にカフェギャラリーKさんにお邪魔して

メニューにはない「フォカッチャサンド」をいただきました

いわゆる裏メニューでございますな

ちょっと早めにいらした方々はブリュレやフォカッチャサンドを楽しんでいらしたので、カフェで開催する喜びを感じたりもしていました。

ほぐれますね、美味しいものは、場を和ませてくれるんです。

 

 

「哲学なんて初めて読みます!」

 

そんな方が多かったのも嬉しいことでした。

専門家は専門的に専門かぶって語ります

そういう会にはしたくないんですよ

ですから好奇心だけで来てくださる方にお会いできると嬉しい

 

哲学とは、自分を表現するための素晴らしい技術です。表現するということは、まさに生きるということであり、生きるということは、表現することそのものであるということです。読むテツではちまたに存在する哲学カフェのような思想を語り合う場をつくるというのではなく、ある意味、そういうものからの逃避?を願った、真に自分自身と語り合う回路を身につけるための読書会です。その回路はどのような状況でもどのような環境でも必ず自分を不自由から解放してくれる助けとなります。哲学を楽しもう。元来、楽しいものなのです考えるということは。そんな空間でありながら、しかし真面目に読むというこの時間を共有しましょう。では、数千年の哲学者たちの歴史へ一歩踏み出しましょう!

そんな私のあいさつからスタートしました。

 

まずは日本における哲学を少し説明

哲学→(philosophia=知の愛求)

「哲学」という日本語は、幕末から明治にかけて活躍した思想家西周(にし・あまね (1829-1897))が、欧米のPhilosophie()philosophy()philosophie()といった言葉の訳語として作った言葉で、最初は哲智すなわち明らかな智を希求する学「希哲学(希賢学)」と言われていました。「賢きことを希(こいねが)う」というほどの意味です。西周は「オランダ留学中か、その直後の作とみられる『開題門』」の中で、「斐鹵蘇比(ヒロソヒ)」と書いていますので、英語を念頭に置いて訳したのでしょう。(小泉仰『西周と欧米思想との出会い』三嶺書房、46頁)

 

【ソクラテス以前の哲学者】や【哲学】についての

いろいろなよもやま話をさせていただきながら

よく出る哲学用語など説明させていただきまして

今回の「ソクラテスの弁明」のバックグラウンドをかいつまんで説明

 

*ソクラテス(前470~前399)アテネ生まれ。対話を通じて事柄を正しく認識しているかを確認する

対話術(産婆術)を生み出した。だが対話術は政治家やソフィストたちには受け入れられず、神々に対する不敬、青年を毒する者と告発され、死刑宣告を受ける。弟子たちは脱獄を薦めたが「悪法もまた法である」と獄中で毒杯をあおって死亡した。(池田晶子著・2011年哲学の旅107110頁引用)」

 

言論・議論・様々な言い方がありますけれど人類史上最初に始めたと思われる「ソクラテスおじさん」を第1回目の主役に迎えました。私たちが喧々囂々と(自己の説を論証するため)何かしらを語り合うことの中で感じるむなしさ・・・皆さんも感じられたことがあるのではないでしょうか?なぜそういうやりきれなさを感じるのか、それはその言論や議論に誰かのための正しさは存在しても、誰のものでもない正しさのための真なる正しさがないからなのです。ソクラテスは問答法という議論方法を用いました。

 

*6000人の民衆による陪審員の前で裁かれるソクラテス

*弁護士も立てず自らを自ら弁護する

*当時のアテナイは神を認めないと訴えられる時代であった

 


  

今月の言葉の意味

 

*反駁(はんばく)→他人の主張や批判に対して論じ返すこと

 

*託宣(たくせん)→神仏が人にのりうつったり夢の中に現れたりして、その意志を告げること。また、そのお告げ。神託。

 

*無知の知→知らないということを知っている。無知の知はソクラテスの使命となり信念となる。

 

*デルポイの神託→デルポイの神託とは、ギリシア中央部、パルナッソス山の南麓に位置するデルポイのアポロン神殿において、女性司祭ピュティアが告げた神託です。デルポイの神託は、紀元前八世紀頃に確立されました。最後に神託が告げられたのは、紀元後393年、ローマ皇帝テオドシウス一世が異教の神殿に活動を止めるように命じた時です。この期間中、千年以上にわたってデルポイの神託は、ギリシア世界において最も権威のある神託として名声を博します。

 

第一の格言「おまえ自身を知れ」は、自己の内的な人格との葛藤を通して、外的世界の問題解決をはかることを要請しています。

 

第二の格言「限度を越えるな」は、自己の行為に節度を持つことを要請しています。

 

第三の格言「おまえは在る」は、自己の実存の認識と承認を要請しています。

 

ソクラテスを尊敬するアテナイ人のカイレポンは、デルポイに赴き、「ソクラテスより賢い人間がいるか」と問います。デルポイの神託はこれに答え、「ソクラテスより賢い人間はいない」と裁定します。

 

この神託についてソクラテスは、「私自身は知らないことを常に意識している。そしてまさにこのことが、知恵に到達するための前提である」と説明します。ソクラテスは、デルポイの七賢人と並んで、第八の賢人と呼ばれるようになります。(グレゴリウス講座より引用http://www.gregorius.jp/index.html

 

 

抜粋ですが「ソクラテスの弁明を読みました

バックグラウンドを感じながら読むと

あぁ、そうなんだということが伝わりやすいです

とくにこのプラトンの作品は対話を使った表現となっていますから

入門編にはもってこいでした。

 

当時のギリシアは民主政治がおこなわれていました

現在の日本と非常によく似ているのです

そんなこともあって読書後の皆さんの感想はかなり深い内容だったと思います

 

私的には、「どんなこと絵が出るために、だとか、誰かのための答えが出るまで、などではなく、考えて考えて考えて、最後の最後まで考えることを考え続けるという行為こそが必要なことなのだと」思いました。

 

2014.3.15

哲学はもっと近くにあってよいものなのだということを

あらためて感じた夜でした。

 

 

後日、参加者のNさまから頂いた素敵なメッセージをご紹介いたします。(ご本人の承諾を得て掲載させていただいています)

・・・・・・・・・・Nさまの感想・・・・・・・・・・・・・・・・

今日はありがとうございました。
一歩踏み出すことを今日またいいなと感じました!
 
「あ、私、生死についてちょっぴり哲学したかったんだ。」
と感じ、
「あ、死が悪だって、思い込みだったのね、ソクラテス様。」
と、期待以上の風穴をあけることができた気がいたします。
 
同時に鳥瞰するには、ぬぐってもぬぐいきれない
フィルターが私の目の前には存在するのか・・・という
遠い気持ちにもなったりしました。
 
哲学や学問の発展に貢献した紙があふれる現代に、紙を
使って先生から哲学に触れ、話に触れ、自分の身内の死を
高次元で理解しようとできる機会を得られるなんて、
やはり贅沢です。
 
ありがとうございました。
色々な方の受け止めかたを共有できるのも、
アカデミックな雰囲気を満喫できます。

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「知ることよりも考えること」を大事にしていきたいですね

このような感想をいただきさらに強くそう思うのであります。