第4回読む哲学カフェ:アラン・幸福論より抜粋

今回のテーマは

「幸福とはなにか?」でした。

 

題材となったのは

アランの幸福論です

 

では、アランという人について少しご説明します。

 

【アラン】Alain → これはペンネーム

本名は、エミール・オーギュスト・シャルティエ

1868年3月3日南ノルマンディのモルターニュで生まれました

アランという名は、ブルターニュによくある名前で

「気立てのよい男」「ちょっと田舎者」「ちょっとマヌケ者」

というような意味を持つそうです。

 

ちょっと田舎者、ちょっとマヌケ者。。。って

愛嬌があるってことでしょうか?(笑)

 

そんなアランは1897年にはクリトンのペンネームで「ユードクスとアリスとの対話」を発表したりもしています。

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1945年12月27日、77歳でガブリエルという57歳の女性と結婚します。

ガブリエルとは幸福論執筆中に出会い、10年の別離後に結婚、その6年後にアランはなくなりました。

アランは相当ガブリエルを好きだったようです。ガブリエルに宛てた詩を「秘密の本」と呼んでいたそうです。

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彼は実は短期間ではありますが4カ月ほど第一次欧州大戦に出征をし46歳の彼は重砲隊の砲手になったこともあります。

 

時代は、「ジキルとハイド」が出版された時代、人格分裂・多重人格などが見いだされ研究され、不眠や、うつ、摂食障害やアレルギーなどの問題が大きくなりはじめた時代でした。

 

【アランと政治活動】

「民衆大学」を創設しジャーナリズムに身を投じる。

選挙運動や人権運動にも加わる。

極左マルクス主義を退けながら

「共和政」をつくり維持することが

生涯を貫く最も重要な課題となりました。

 

「民衆の中に混じっていく運動が精神の運動そのものである」

「理性の崇拝とは共和国の創設である」

など、政治的な発言も多いです。

 

「民衆大学」は現在も受け継がれ2002年から、フランス北部のカーンでミシェル・オンフレが開いています。

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抜粋して読んだのは以下のプロポ

①死について

②祈り

③遠くを見よ

④礼儀正しさ

⑤克服

⑥幸せにならねばならない

 

プロポとは…ProPos アランの発明で

雑輪のようでありながら考え抜かれた仕組みと

奥深い意図をもつもの。読者への呼びかけ。

現代で言う「コラム」です。

アランのプロポは実に5000以上あります。

 

 

←実際のアランのプロポが掲載された新聞です。

***参加者の皆さんの意見***

 

・幸福と不幸は相対するものなのか?

・幸福とは理解できるものなのか?

・他者と共有できる幸福と自己の域を出ない幸福があるのではないか?

・具体的な幸福感と精神的な幸福感があるように思う

 

などなどいろんな意見が交わされました。新鮮な気持ちになるなぁ!

 

参加者の皆さん自身の幸福感や不幸感についてお尋ねしたら・・・

・求められることにこたえられるとき幸福感を感じる

・困難を乗り越えたときに幸福感を感じる

・人を悲しませたときに不幸な気持ちになる

 

などなどこちらも自由な意見がたくさん出て時間が許せばもっともっと聞きたいなぁと思いました。

 

 

***今回のまとめ***

私はピラティストレーナーであり、ダンスインストラクターでもあるため、身体を動かすことにおいて何が大切かといえば、それは理学的に解剖学的に、また一般的普遍的な意味において、正しく動かすことであるということを知っています。

また、多くのクライアントさんとのセッション経験から、理学的に解剖学的に、また一般的に理解し難いことが身体に起きうる現実も知っています。

 

これは精神にも同様のことが言えると思います。身体の影響を、運動の影響を、やはり精神も受けることがあるのです。

そうであるのならば、アランの提示するプロポの一つ一つの的確さと重要さをりかいすることは難しくありません。

 

我々が精神を動かそうとするとき、正しく精神を動かすことが必要になのです。

運動というものは正しく行わなければ身体を壊します。精神の運動も同様でしょう。

アランは幸福論の中でそのことを語り続けていると思います。

 

自分で考える・自分で選択する・自分で行動する

 

それには痛みが伴うでしょう。しかしながらそれ以外に幸福へ通ずる道はない、教育についても同様かもしれません。

 

スピノザはエチカの中で

「われわれは身体に何ができるのかを知らない」

「われわれは身体と精神がどのように結びついているのか知らない」

と語っています。

 

これはまた精神にも同じことが言えると思います。

「われわれは精神に何ができるのかを知らない」

「われわれは精神と身体がどのように結びついているのか知らない」

 

身体と精神の十全なる活動をするための

考察と選択と、苦悩を乗り越える努力すべてが

幸福へ通ずる道なのかもしれません

 

そのようなことを想いながらの帰り道

あぁ、やはり、哲学は素晴らしいなぁ。であります。

 

 

次回は2014.7.12(土)17:30~

第5回読む哲学カフェ

テーマ「われ思う、ゆえにわれあり」 参考図書:デカルト著「方法序説」