第14回読む哲学カフェ@西荻窪【ノーム・チョムスキー著 「メディア・コントロール」を読む】


第14回読む哲学カフェ@西荻窪

ノーム・チョムスキー著 

「メディア・コントロール」を読むでした。


現代社会の知の巨人として世界的に注目される、ノーム・チョムスキーの考え方を読んでいきながら今月のカフェは進行しました。



名前だけは知っていたし興味はあったけれど、哲学カフェで取り扱われなければ読むこともなかったかもしれない。


この本を読みながら、私はそんなことを思っていました。


しかしながら、参加者のお一人から、同じようなことを思っていたと聞かされて、「なんだそっか。」と安心したような気持になりました。


エイヴラム・ノーム・チョムスキー(Avram Noam Chomsky、1928年12月7日 - )は、アメリカ合衆国の哲学者、言語哲学者、言語学者、社会哲学者、論理学者。 彼は50年以上在籍するマサチューセッツ工科大学の言語学および言語哲学の研究所兼名誉教授。言語学者・教育学者キャロル・チョムスキーは彼の妻)

「なんだそっか。」

じつはこれ、今回のカフェの中では重要なキーワードとなりました。

チョムスキーは、この著書の中で、私たち一般市民を「とまどえる群れ」と呼びます。

「とまどえる群れ」である私たちは、メディアから流される情報を、テレビの前にぽつねんと座り「うんうん」と頷きながら刷り込まれている現状の中で、いったいどれが自分の考えで、どれが刷り込まれたものなのか、チョムスキーの指摘の通り、もうその判別さえもが難しくなっているのかもしれません。


なにしろ、「世論操作」の歴史は非常に長いからです。

 

しかしながら、「なんだそっか。」と思える場所を見つけたり、「なんだそっか。」と思える人々に出会うと、自分の考えに少しばかり力が持てませんか?

 

それは、「同じ価値観・同じ判断基準」を共有することの喜びではなく、「自分の考え、自分の価値判断基準」を持った人を見つけることによる、「自分ひとりだけがそう思ってることを恥じたり不安に思ったりしなくていいんだ。人は誰でも自分の考えによって選択し判断してよいのだ」という喜びではないかと思います。

 

 大きな流れや大きな力を

うんうんと鵜呑みにしなくても良い

でもそれは…

大きな流れや大きな力に

ただただ反発することではない


自分で考え

自分の中に沸き起こった疑問を

きちんと提言できるひとになる


そのためのメディアでなければならず

そのための情報のはずであるのに

不可思議なことに

私たちの歴史上には

特別な知識人や財界人などのために

操作されたと思われる情報が

転がっているように思える


しかしながら

その現実を

鏡に映して正面から見てごらん…


「あなたの見ているものは影だったのかもしれない」


なんだ私はこんなに顔色が悪かったんだ。とか


なんだ私はこんなに痩せていたんだ。とか


なんだ私は騙されていたんだ。とか


いつのまにか、いつのまにだろううか

知らされていなかった事実や現実を

私たちは知りたくないという気持ちにまで到達させて

多くの事実や現実から目をそむけてきたのかもしれない


「自分の事実と現実を認める」ことから

目を背けてきた「とまどえる群れ」の中の

ひとりひとりの行動によって

この世界が構築されてきたことは間違いがない


彼がこの本を書いたのは20年以上前のことです

参加者からも「先見の明」のような言葉が出ていましたが

プラトン、アリストテレス、カントやデカルト…

これまで人類に出現した哲学者というカテゴリーに入れられている人々の書物を

私たちはいまもなお読み解くために悪戦苦闘しているわけです


私はよくよく考えるのですが

やはり人間は進化しています

ですから、後にあらわれる学者たちの方が

それを説明するための術や言葉や経験をたくさん積んでいる


なので、現在、生存している知識ある学者たちの書物は一読の価値があると思っています。その時に大切なことは、やはりチョムスキーのいうような、「自分で考え、自分で判定する」というシンプルな生きる技術(概念構築とでも言いましょうか)の積み重ねが必要なのだと思うわけです。


引きこもって画面を見つめているだけでは、世界の事実はわからない。

という事実を私たちはまず見つめなければならない。


スマホで検索してわかったような気持になっていないで

ちゃんと自分で動く、ちゃんと自分で考えること

現代社会においてはそのようなシンプルな「生きながら考える」ことが

どんどん葬り去られているような気がします。



チョムスキー氏は著書の最後に

「答えは、私やあなたのような一般の人々の手中にあるのだ」と書いています。


私の倫理観ではこの年齢でやっとチョムスキー氏のメディアコントロールという書物を「まぁ読むことはできる」ということはできた気がしますが、それとて、「気がした」程度のことなのです。


でも、それは大切なことなのだと

数日たったいまでも私は感じています。


チョムスキー氏の書物に触れたことで、私は1年前の私ではなくなっています。


本を読む。知識を得る。疑問を持つ。事実を知る。ということは

人を変化させるうえにおいて

とても重要なことなのだなぁと、しみじみ。

 

 今回も、参加者が少なかったのですがみんなでパチリ♪

実は自分の仕事が忙しく、なかなか思うように哲学することに時間が割けない状態になっております。ほぼ立ったまま本を読んだり、歩きながら考えたりと、仕事の移動時間が資料準備の時間となっています。ご飯を食べる時間も惜しんで、わたしゃ、いったい、なにをやっとるのだろうか?(笑)と思うこともしばしばです。

でも、考えることを話せる場所は絶対に必要なのです。あなたにも私にも。

これからも細々ではありますが「読む哲学カフェ」を愛をもって続けようと思います。


誰でも考えていい

誰にだって自分の考えがある

そして、真実を見つけるカギの一つは

紛れもなく「努力し続ける」ことなのだということを

あらためて思った夜でした。ご参加の皆様ありがとうございました。


次回は6月13日(土)17時30分から

テーマ:「西洋哲学史による古代哲学前期を学ぶ」です

ご興味あればぜひ♪