第16回読む哲学カフェ「西洋哲学史による古代哲学前期を学ぶ夜」

第16回読む哲学カフェ

「西洋哲学史による古代哲学前期を学ぶ夜

参考資料:西洋哲学史 今道友信著

 

今道先生の書物を通じて古代哲学前期の歴史を学びました。


今回は三連休だったからでしょうか参加者が少なく1名でのカフェでしたが

ちょうど、カフェギャラリーKさんで美しい写真の展示会が行われていて

その前にどーーんとおかれたソファを占領しての読む哲学カフェ

なんだかすごく雰囲気が良くって

こういう感じもいいなぁと。。。


ギリシア時代にソクラテスによっておこなわれた

「徳」について考えることは

いわゆる「ソクラテスの哲学」は・・・


ある時代においては

「神」について考えることに似ており

在る時代においては

「人間」について考えることに似ている


そんな気持ちが想起しました。


私たちが見ていると思っている実体

たとえば飛ぶボールとして本書では語られますが

このボールが動いてどこかへ移動する場合には

移動するさまを、私たちは想像して

「このように動く」として認めるわけです

だって、目に見えない速さでボールは飛んでいきますのでね

では、このボールという実体はいったいなんによって支配されているのか

という問いが大事だと今道氏は語りかけます。


「このボールという実体を支配するのは落体の法則です。球が上がれば、風などで多少違うことがあっても、人はおよそ球の落下点が予測できるのです。そこに走っていって捕球しようと身構える。なぜかというとそのボールを支配する法則があるからです。影を支配するのはボールという実体だ、しかし個々の実体としてのボールを支配する法則があって、その法則は目に見えないものだということを考えてみなければなりません。」(西洋哲学史より引用)


ちょっと思い出をさぐったら

このようなことたくさんありますよね

子どものころにボール追いかけましたからね


なぜ落下点が予測できるのか

なぜ届くとか届かないとか予測できるのか

なぜ飛んできたボールをよけることができるのか

なぜ飛んできたボールを打つことができるのか


それを今道氏は以下のように説明されます。


「何の力で法則を知るのかというと、それは精神の目で、目に見える現象を超えてそれを支配する見えない力を見るからです。それがボールの運動の典型としてのイデアのようなものだ。こう考えてみると、プラトンのいっているイデアというもの、精神の目でみなければならない超越的なるものが、けっして架空の作り事ではない、ということがわかっていただけると思うのです。」


シンプルに言いますと

私たちがなぜボールの落下点がわかるのかと言えば

精神の目でみるイデアというものをみるからだ

このことからイデアが架空の作り事ではないことがわかる

というようなことでしょうか


この書はそんなふうにイデアのことを

とてもわかりやすく説明してあるわけです


ですから、わかりやすく他のことも説明してあり

また、西洋哲学自体を少しでも理解しやすく・・・という

今道友信先生の熱い思いが伝わってまいります


まさしく良書です

ぜひご一読いただきたくて2か月にわたり

哲学カフェで読ませていただきました

本当に佳い時間となりました


今道先生のご冥福を心からお祈りしつつ

またいつの日にかこの書に挑戦しようと思いました。



次回は8月15日(土)です

池田晶子著 人生のほんとう から

家族について考える夜となります

皆様のご参加をお待ちしております♪