第11回長野マゼコゼさん「考えるヒントで(批評)を考える」-小林秀雄の書を通して-

 

第11回目となった

長野での読む哲学カフェ

 

常連さんも増えてきて

新しい方も時折お見えになって

そんなこんなの哲学的交流が行われる場所

図書館ギャラリーマゼコゼさんには

その気が満ちてきている気がします

 

今回は小林秀雄著の「考えるヒント」を使用して

(批評)について考えてみました。

 

著者略歴:小林秀雄 こばやしひでお

 

[生]1902.4.11. 東京  [没]1983.3.1. 東京

 

評論家。 1928年東京大学仏文科卒業。 29年『改造』の懸賞文芸評論に『様々なる意匠』が2位当選。1位で当選した宮本顕治らのプロレタリア文学と新興芸術派の対立を「様々なる意匠」とみてともに退け,リアリズムは言語の概念性を剥奪した独創とともに成り立つと主張,正当な西洋近代文学移入の開祖的存在としてスタートを切った。 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説より

 

さて、まずもって彼はなにを主張しているのか。。。

 

「リアリズムは言語の概念性を剥奪した独創とともに成り立つと主張」

 

と書いてありますので

みんなで考えてみました。

こういう、まどろっこしいけれど、著者の気持ちを思いやってみる作業、哲学をする上で大切であって、なおかつ、哲学的に思考する練習としても大いに役立つ作業です。

 

まずは、そもそも、リアリズムとはなんでありましょうか?

→現実主義。であると辞書には記載されています。

 

リアリズムであるところの現実主義は言語の概念性を剥奪した独創とともに成り立つと主張

 

となりますね。

 

さて、現実主義は言語の概念性を剥奪した独創とともに成り立つとされる

「言語の概念性」とはなんでありましょうか?

→概念とは、類の認識であるとされます。

 

人間が、概念という特殊な認識を駆使できるのは、人間に高度な抽象能力が備わっているためである。人間は外界の様々な事物の一つ一つをそれそのものとして見るのではなく、「どのような類(=グループ)に属するか」という観点から整理分類して把握する。そして、同じグループに属する事物は、その一つ一つには細かな違いがあっても、大まかな共通性を捉えて、「同じもの」として把握するのである。この個々に違うものの中から共通性を見出し、それによって対象をグループ化する能力のことを抽象能力と呼ぶのだが、人間の場合、それが高度に発達している。その抽象能力を駆使して、類似した諸々の対象をひとまとまりの仲間(=類)として把握したところに成立する認識が概念である。(福岡大学総合情報処理センター コラム 『情報の糧』 2008年7月より引用)

 

一つの言葉に対しての大まかな共通性をとらえてグループ化してひとまとまりの仲間(類)として把握したところに成立する認識が、言語の概念性ということになりましょうか

 

リアリズムであるところの現実主義は、一つの言葉に対しての大まかな共通性をとらえてグループ化してひとまとまりの仲間(類)として把握したところに成立する認識を

 

ここまできました

 

さて、この先です

 

リアリズムであるところの現実主義は、一つの言葉に対しての大まかな共通性をとらえてグループ化してひとまとまりの仲間(類)として把握したところに成立する認識を。。

 

剥奪した独創とともに成り立つ

 

では、剥奪はなんでありましょうか?→はぎ取ってうばうこと。力ずくで取り上げること

 

では、独創はなんでありましょうか?→独自の新しい考え・思いつきで、ものごとをつくり出すこと。

 

と、辞書に記載されています。

 

リアリズムであるところの現実主義は、一つの言葉に対しての大まかな共通性をとらえ、グループ化してひとまとまりの仲間(類)として、把握したところに成立する認識をはぎとって奪い、独自の新しい考え・思いつきで物事を作り出すこととともに成り立つ。

 

という感じになりましたが

いやはや、やはりよくわからない。難解であります。

 

しかしながら、小林秀雄氏の「信ずることと知ること」についての考察などを思いますと、この主張も理解が深まっていくかと思えますので、ご興味があれば、皆様ぜひご自身で考察を深めてくださいませ。

 

誰かや何かを批評する場合

そこにはほんものの「教養」が必要であろう。

 

このことは、参加者の共通認識となりました。

 

その教養とは、学力やら知力というよりは、生活的な教養であり、そのことを小林秀雄氏も文面の中で、「生活的教養」という言葉であらわしていらっしゃいました。

 

批評とは、批判や否定ではない。

 

これは、私が哲学を学び始めたばかりのころ、大学の先生が話したいらしたことと同じです。

 

哲学は、批判はするけれど否定はしない。

 

私の読む哲学カフェも、その理念が核となっています。

今回は、他への思いやり、生活的教養の重要性など、考えるところ深かったです。

このテーマで4月30日にも西荻窪で開催しますので、西荻窪での時間も楽しみです。

 

4月30日(土)17:30から

参加費500円(1ドリンクオーダー別)

西荻窪カフェギャラリーKにて

 

【読む哲学カフェの流れ】前半ガイドによるリーディング、休憩をはさんで、後半自由なディスカッション

新鮮野菜たっぷりの美味しいフォカッチャやケーキ、有機コーヒーやラテなどなど飲食も魅力のカフェです。
東京都杉並区西荻北3-20-8(西荻窪、北口から100mくらい、1階が八百屋さんのビル2階)
http://tabelog.com/tokyo/A1319/A131907/13158983/