第27回「宗教学入門を読む夜」

今回の読む哲学カフェで取り扱いましたのは

 脇本平也『宗教学入門』(講談社学術文庫/文庫)

 

現存している「宗教」とはそもそもなんであるのかをわかりやすく体系化している1冊。

 

・事実を客観的に取り上げて主観的な価値判断を避け

・宗教を人間の生活現象の1局面として捉え

・特定の一宗教ではなく複数の多宗教を資料として取り扱う

 

などのことを旨とした「宗教学」の入門書です。

 

この本の流れとしては。。。

1 宗教学の立場と分野

2 宗教の原初形態

3 科学・呪術・宗教

4 宗教の諸類型

5 宗教の構成要素

6 宗教的実在観

7 宗教的人間観

8 宗教的世界観

9 宗教儀礼

10 教団と社会

11 宗教体験と人格

12 宗教の機能

 

という流れになります。

 

このなかから(6 宗教的実在観)の「神の特性」「日本のカミ」、(9 宗教儀礼)の「おまつり」を読みました。

 

 

 

三連休前だからか久しぶりの少人数でしたのでじっくりゆっくり考えれた夜でした。

 

ご参加の皆さん、どうもありがとうございました。

 

さて、宗教や神、知っているようでぼんやりととらえてしまいがちのもの、このことについて考えた夜でした。

 

宗教と言いましても、あくまでも、個人の信仰の有無や様々な宗教についての是非を語ったり、新興宗教などについて考えるのではなく、宗教とはそもそもなんであるのか?ここから逸脱することなく考えようとしている著者の想いが1行ごとに伝わるような書物であったなぁという感想は、いまから6年ほど前に読んだ時とあまり変わらないものでした。

 

今回の会の中で、私たちの生活の中にあったり頭の中に存在する、(当たり前)というものについて活発な意見がでましたが、宗教学入門から(あたりまえ)ってなんだろう?というところを考えるってよい機会でした。

 

そして、上でも紹介しておりますが

 

・事実を客観的に取り上げて主観的な価値判断を避け

・宗教を人間の生活現象の1局面として捉え

・特定の一宗教ではなく複数の多宗教を資料として取り扱う

 

というようなとらえ方は、個人レベルでのコミュニケーションの中にも生かせるものではないだろうかという意見も出ました。

 

宗教という文字を他者に変換してみますと。。。

 

他者の意見や行動を主観的な価値判断を避けて客観的にとらえる

他者の言動をその人の生活現象の1局面としてとらえる

特定の決まりやルール、常識などではなく、複数の個人の特性や生き方などを(そうなんだ)としてまずとらえてみる

 

などなどのように使える可能性が見えてくる。

 

これは、ジェンダーの問題などにも役立つようにも思えますね。

 

人口が大きくなってきた現代社会では、既存の「常識」や「あたりまえ」ではコントロールすることが難しくなってきた。

これが現代社会の現実なのではないかと、そういうことも見えてきました。

 

宗教を考えるということは、人間を考えることに他ならない。

まさにそのようなことを考えさせられた夜でした。

 

次回は、2016年8月27日(土)17:30~19:30

「池田晶子著 考える人(日本の考える人 考えなくても同じこと)を考える夜」

「侮れませんよ、日本の人を。ダテの無念無想じゃないんだから」(考える人より)池田晶子著の考える人を手掛かりに日本人の心を考えていきます。

 

皆様のご参加をお待ちしております。

 

 

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コメント: 2
  • #1

    通りすがりのプラトン主義者 (土曜日, 23 7月 2016 00:22)

    こんばんは。
    哲学も宗教学も共に「神」を扱う。共にアプローチや前提で異なりますが、「学」の名を冠する以上、そこに「主観的判断(憶見、ドクサ)を避け、客観(普遍的)的判断を下す」という、大前提がありますね。ここに宗教と宗教学の違いがある。これって、前々回の歴史観と歴史学の違いという話と同じですね。
    ただ「神」の問題を扱うと、「神学」という厄介な代物が顔を覗かせるので…。哲学と神学の緊張関係というか、近親憎悪というか(苦笑)。
    また宗教テーマはやって欲しいですね!(出たかった(涙))

  • #2

    Tocco (木曜日, 28 7月 2016 08:06)

    コメントありがとうございます。学が向き合う「神」と、個人が向き合う「神」、いやはや「神」という存在を考えますと、この世には「神」が数えきれないほどに存在するなぁと思わざるを得ないです。
    そうそう、前々回の歴史観と歴史学の違いとよく似ていました。こんかいの宗教学においてもそのボーダーや細かなカテゴリーが難解でした。やはり向き合う相手が「神」でありましたから、なかなかに手ごわかった(笑)
    すべての学問においても、その専門的な学とこれまでの史観の違いというものを、ここいらできちんと考えなければならないのかもしれないなとも思えましたよ。
    またの機会に思う存分楽しんでください!