長野読む哲学カフェ:第14回「孤独について考える午後」

 

三木 清 

1897-1945(明治30-昭和20)

1897年兵庫県生まれ。一高在籍時に、西田幾多郎の『善の研究』に強い感銘を受け、京大で哲学を学ぶことを決心する。

長野でも「三木清さん」を読みました。

 

正直に言って、三木清という人を知らない。

 

そんな参加者のいる中でしたが、考えた人の文章というものは、そのような中においてもしっかりと我々を考えに結びつける力がある。

 

そのように感じずにはいられない時間となりました。

 

【東京・西荻窪での三木清で孤独を考える夜の様子はここをクリック】

場所が違うと、参加の人が違うと、同じ書物でどのように私の感想が変化するのかを、また変化しないことも、比べていただけるかと思います。

 

ご参加いただいたみなさん

今回も善い考えを

どうもありがとうございました。

 

あらためて写真を見返して

孤独を考えた後の人間の表情というものは

こういう優しい顔なのかと。。

ちょっと不思議な気持ちです

 

ナノグラフィカさんで開催した哲学カフェに参加してくれたnishiちゃんも来てくださって、哲学でおびき出された人々が(笑)長野の街をあのカフェへこのカフェへと活動していただくことは、とっても良いことだなと思いますので、チャンスがあったら、長野の街のいろんな場所で哲学カフェをやってみたいなぁとも思いました。

 

哲学が結ぶ人と人

 

哲学が結ぶ人と場所

 

哲学がつなぐ場所と場所

 

哲学には大いなる可能性がありますね

 

さて、孤独、孤独♪

 

今回も活発に意見が飛び交いました。

でも、長野のみなさんは、東京の皆さんとは少しリズムが違います。

 

同じ課題を取り扱うからわかることですね

 

今回も、私の持論であるところの

【孤独と孤立は同じものではない】

というお話から「孤独」を考える時間をスタートさせました

 

なぜここにこだわってしまうのか

そんな自分の考えを見つめますと

「孤独の根拠」ともいうべきものを明確にしないと

「孤独」が人にもたらす様々な影響を。。。

 

一般的な多くの人々の人生において、「善い効果」なのか、「悪い効果」なのか、などというような単純な判断の基準となる線が引けないと思うからです。

 

で、これは、三木清さんも、「孤独というのは独居のことではない。」というような一文を書いていらっしゃることから見ても、孤独と孤立の違いを感じていらっしゃるようなので、やはり「孤独」を吟味する上において、この文章は良い課題だと改めて感じています。

 

 

会では、様々な意見が飛び交いましたが

「孤独は最も深い愛に根ざしている。そこに孤独の実存性がある」という一文から、その前にある文章が、すべてこのことから出ているもの、言い換えると、【最も深い愛に根差している孤独について】書かれた文章なのだということに会の終盤みんなでうっすら気がつきました(笑)

 

そうか、そうなのだ。

 

最も深い愛に根差している孤独というものを考えるならば。。。

 

孤独は愛の一部なのではないか!

 

では、愛を考えるときに、我々は孤独を考える必要があり

完全な愛が欲しい時は、孤独も必要なのだ。

孤独である時に、愛を感覚することは至極当然のことなのだ!

 

 

毎回参加してくださる漫画家・イラストレーターのゆきつぼさんも、孤独が表現活動に重要なかかわりがある話をしてくれました。

【ゆっきつぼさんのブログはここから】

 

また、舞踏の人・キムGもゼロから何かを生み出す際に孤独が重要な役割を持つことを知っていらっしゃいました。

 

そのことは、三木さんも語っています

「物がまことに表現的なものとして我々に迫るのは孤独においてである。そして我々が孤独を超えることができるのはその呼びかけに応える自己の表現活動においてのほかない。」

 

あらためて書きますが、三木さんいわく、孤独は最も深い愛に根差しているわけですから、表現するということも愛から発生するものだと言えるかもしれないですね。。

 

 

長野・今井で治療院をしてらっしゃるmaruyamaさんが、「孤立している感覚は、悲劇のヒロインのような感じとにているかも。。。」という意見を出してくださいましたが、これ、これ、これ、こういう人生の中における、日常の中における、その感覚で哲学する。これがとっても楽しんですよね♪佳い意見をくださって嬉しかった!

【maruyamaっさんのHP】

 

 

その他の参加者の方も、それぞれの生活、それぞれの人生の中に落とし込みながら、孤独について考えて下さいました。本当に感謝です。こんな意見を聞くことができる。。。なんと素晴らしいのだろう、わが人生よ。

 

 

しかしながら、最も深い愛に根差す孤独を語った三木清さんの「人生論ノート」には「愛」に関する記述はありません。。。でも、こういう感じがいいよね(笑)

 

愛は点在しているのかもしれないし

愛はすべてを包括するものかもしれませんね

 

孤独を考える午後のことを回顧しつつ、「愛」に行きついてしまうとは。。。なんとも三木さんの手中にまんまと落ちた気がしてなりませんが。。まぁ、楽しかったので良しとします。哲学最高!

 

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次回は西荻窪、2016年11月5日(土)17:30~19:30まで

第31回「絵説き:ソクラテス」

~崇高なるソクラテスの死~

文:ジャン・ポール・モンジャン  絵:ヤン・ル=ブラ

 

絵説きで見るソクラテスの死。視覚から入る感覚でソクラテスを楽しむ夜です。