第17回長野マゼコゼ「美を考える午後」

 

 

「美を実践することは、人間本来の内的要求であり、自己の可能性の探求であるともいえ る」という今道氏の言葉をたよりに≪美≫を考えていきました。

 

使用した図書は今道友信氏の「美について考えるために」

「美学」そのものの成り立ちや背景などもお話しながら

少しばかり体系的な美学を垣間見て。。。(笑)

いよいよ美そのものへと突入しました。

今道友信 1922 年 11 月 19 日 - 2012 年 10 月 13 日東京 生まれ、1948 年東京大学文学部哲学科を卒業、 同大学院を経て、パリ大学、ヴェルツブルク大 学で非常勤講師をつとめ、1962 年より東京大 学文学部に移り教授、1982 年に定年退職、現 在英知大学大学院長、1981 年哲学国際センタ ーを創設以後現在まで所長。1996-99 年パリ 哲学国際研究所所長、国際形而上学会会長、国際美学会名誉会長、国際エコエティカ学会会長 をつとめる。著書に『同一性の自己塑性』『美の位相と芸術』ほか多数。 

第17回目の「美を考える午後」

少人数での開催となりましたが

本当は、このくらいの人数ででないと

2時間で思念を思考に変え、思考を自己の思想に落とし込んで納得するには至りませんが、まぁ、それもこれも、「ご縁」というような流れのようなものが、この世界にはあるんですよね、これは長いこと、このような会をやっていると、もうそう思わざるを得ない。

 

このテーマそのものが人を選ぶ。というようなこと。

 

そして、惜しくも参加がかなわなかった方々も、参加しなかったことで、やはり「美」と向き合うわけですから、人生というものは本当に面白いものです。

今回ご参加いただけなかった皆さんも、次回お会いしたときに、個人的に向き合ったであろう「美」をお聞かせくださいませ♪

今月はね、名言が飛び出す回でした(笑)

 

マンガ家でありイラストレーターやライターさんでもある、ゆきつぼさんが「美とは心構えである!」ときっぱり生み出してくださいました。

わたくし、思わず「はいっ!出ました!」と言ってしまったほどです。

この会の様子をゆきつぼさんのブログでもご覧いただけますよ♪

≪ゆきつぼの想うつぼ≫ここをクリックしてください。

 

長野で活躍している役者でもあり、落語やでもある、こうちゃんの言い放った「美に対して俺が持つ抵抗の陰影」という思考は考えさせられました。こうちゃんは終始「形相や質量」を基軸に「美」を考察しているようでした。アリストテレスがいたら肩組んで、「おっし、いまから呑みにいこう!」と言ったかもしれないなぁと、不謹慎にもワクワクして妄想してしまいました。

 

レギュラーメンバーでもある西ちゃん

ネオンホールさんのサイトで読める「長野市民日記」を連載しています

≪長野市民日記≫ここから読めます

西ちゃんは、いつも真面目にものずごい熱量で哲学に取り組んでくれます。

美という集合体に(かわいい)とか(好き)とか無数のいろんなものが含まれているというような話をしてくれました。西ちゃんの哲学は広い海のようです。それを自分で泳ぐのは大変だろうなぁと、西ちゃんの話を聞いていていつも思いますが、そういう大変さも哲学が隣に在れば「楽しい」に変化することを、これからも西ちゃんだけではなく、多くの皆さんにお伝えできたらと思いました。

 

そして、今回はスペシャル参加者!マゼコゼのつねこさんも、美についての考察にご参加いただきました。その場所のオーナーさんがうっかりでも参加してくださるっていうのは、本当に嬉しいことです。場の空気がさらに深く参加者を哲学に向かわせる気がします。

≪図書館ギャラリーマゼコゼさんHP≫

 

もしかしたら、「美」を考えるなどということは一生ない人もいるかもしれない。でも、「美」なんて自分と無関係だわ!なんて思う人がいたら、それは自己に内在する(意識)そのものを自覚したことがないか、もしくは、少ないのではないかと思います。

 

なぜなら、今回参加してくれた皆さんの意見を聞いていて、美は各々それぞれの意識の中に確実に存在しているとしか思いようのないところへたどり着いたからです。

 

であれば、これは、愛も哲学も生きるということも、同じようなことで、「自覚」が足りなければぼんやりしてしまうう。ということではないかと思えました。

 

わたくし自身、哲学を学問として学んだ時期は大学での6年間のみで、あとは13歳からほぼ独学で哲学を楽しんだ時間のほうが長いわけです。だいたい歩きながら考えることが多く、疲れたらお茶を飲みながら本を読み、また歩きながら考える。そういうことを半日ほど繰り返すことが私にとっての「哲学」の楽しみ方ですが、夜には万歩計が3万歩くらいになっていますので。哲学とはなんと体力の必要なことか。。と思います。

ですから、私自身は体力的にも哲学を計って生きてきたわけです(笑)

「哲学はだいたい3万歩くらい歩けるくらいの体力が必要になる。」わけですから、「美」に向き合うにはいったい何万歩歩ける体力が必要になるのか、「愛」では?「生死」では?と。。。思いを馳せると、これはぼんやりしていられないわ腹筋でもしないと!ということになる、ははは!

 

美が教えてくれるものは

他の感覚にも応用できそうです

 

美にはそのような可能性がある。

 

 

さて、次回の長野マゼコゼさんでの哲学カフェは6月12日です

詳細は次回の哲学カフェ頁をご覧ください。