第38回「幸福について考え始めるための夜」

 

第38回は「幸福について考え始めるための夜」

 

アラン著「人生論集」より

(幸福たるべき義務)(誓うべし)

以上の2論を読みました

 

アランという人は

本気で一生懸命に(幸福)について

頭と心を使った人ですので、彼の言葉を頼りに進んでいけたらと思い選びました

 

「幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ」

 

彼の声が聞こえてきそうな写真ですよね。私は、このアランが大好き!

 

さぁ、会の様子ですがね。。

 

皆さんの意見が驚くほど様々だった。これは間違いない感想だろうな。

 

では、皆さんから出た意見を少し抜粋して記載しますね

 

 

やはり、クオリティの高い内容の資料を使用するときは、このようにそれぞれの考えが思わずあふれてくるのだろうな。そのような気がします。

 

意識できるようなものではなく、あぁ、あの瞬間幸福だったのだなというように、リアルタイムには感覚できない者が幸福なのではないか。

 

プロセスそのものが幸福なのかもしれない

 

幸福を目的としないほうがいいかもしれない

 

理解しやすい言葉で考えたほうが自覚しやすい

 

そんな風に皆さんの哲学は様々な方向でありながら「幸福」を徹底的に考えている間でございました。

 

そうそう、登山になぞらえた方もいらっしゃいました。

 

そして、「アランは痛快!」という名言が飛び出たり

 

礼儀や規則やマニュアルのようなものが幸福を求めるには必要なものだというお話も出たり

 

フロイトに対する対抗心!のような楽しい詮索も飛び出したね

 

幸福が来ているのか、去ったのか、そんなことにさえも気がついていないかもしれない

 

などの素直な意見や

 

何が幸福なのかを問う、いや、問い続けることの重要性を語った方もいらっしゃいましたね

 

 

素晴らしい意見がたくさん出た。まさに哲学カフェって、見ず知らずの者同士が、お互いの環境や立場を思いやりあいながら、こういう意見が交換できることに最大の喜びがある気がします。

 

 

 

ご参加の皆さん

いつもいつものメンバーも

はじめましての方も

 

本当に真摯に向き合ってくださって

ありがとうございました!

 

アランさんも

あの世で、フフフ。

と笑っていらっしゃるでしょうね。

 

であれば、私たちのしたことは

アランを幸福にしたのかもしれないわけですから、たかだか哲学カフェといえども、なかなか捨てたものではないでしょう。

 

 

 

しかしながら、この平和な時代に比較的安全で裕福な日本の中で

幸福について考えるのは、なかなか大変でした。。これ本音(笑)

 

幸福の割合が高いときには、人間は幸福のことを考えることは難しいのかもしれない、もっといえば、幸福の割合が高い場合において、人間は幸福そのものに集中して思考することがとても難しいということ。

 

幸福の割合に応じて、幸福の意味合いは変化する。

しかしながら、幸福そのものという存在は変化しないとすれば

いったい幸福とは何であるのだろうか?

 

もしかしたら、それは形のないものかもしれない

 

もしかしたら、それは言葉では表せないものかもしれない

 

幸福というものは、常に変化し続け意味合いを変えながら

 

それでも、人類のすぐ近くで我々を励まし続ける

 

さらに歩けと

 

さらに問えよと

 

いつの時代も励ましてくれている

 

人間の大切なパートナーなのかもしれない

 

皆さんの哲学を聞いていて、わたしゃ、そんな気持ちにもなりました。

 

次回は7月8日です小林秀雄でモラルを考えますよ

メンバーさんのお休みが多いようなので初参加の方ぜひぜひこの機会に!