秋のお外で哲学カフェ  中野:哲学堂

10月14日(土)14時~行ってきました♪

  「神秘主義とオカルティズムを楽しむ遠足」

 

妖怪でも有名な井上円了さんが精神修養の場として創設した。哲学世界を視覚的に表現し、哲学や社会教育の場として整備された全国に例を見ない個性的な公園でもある。。。中野哲学堂!をみんなで歩きました。

 

井上円了って、どんな人?

 

東洋大学の創立者・井上円了は、安政5(1858)年に新潟県長岡市浦の慈光寺に生れました。10歳の時に明治維新(1868年)を体験して、その年から漢学を学び、つぎに旧長岡洋学校で洋学などを学びました。その後、京都の東本願寺(真宗大谷派)で給費生に選ばれて、創立間もない東京大学に入学しました。

ここで、ギリシャを発祥の地とする「哲学」と出会い、「真理は哲学にある」ことを確信しました。哲学とは「智慧を愛し求める」(philosophy)学問ですが、井上円了は新たな時代に対応するために、哲学による日本人の新たな「ものの見方・考え方」が必要と考え、明治20(1887)年に哲学館を創立しました。

以来、著作と大学教育による哲学の普及に身をささげ尽くし、大正8(1919)年に中国・大連で講演中に倒れ、61歳で逝去しました。

円了の考える「哲学」は特別なものではなく、すべての学問の「基礎」。お寺に生まれ、西洋学を学んでいた円了は、東京大学で西洋哲学に没頭。その上で東洋文化を見つめ、「洋の東西を問わず、真理は哲学にあり」と確信。

哲学に西も東もない、西洋文化も日本文化も大切で、双方を探求することが日本の近代化につながるはずだ。そう考えた円了は29歳で「私立哲学館(現・東洋大学)」を創立しました。

 

哲学堂公園は、哲学を学ぶための場として人びとを啓蒙するために、明治39年に井上円了さん個人が全財産を投じて開設した公園であります。

 

「考える人=哲人」を養成するための修行道場としてお造りになったようでして、こりゃ、私たちにぴったりかも♪

 

あいにくのお天気でしたが

当日は、哲学堂の古建築物内部公開日でした

井上円了さんの粋な計らいに出会えた感じです♪

 

区の有形文化財でふだんな内部非公開である古建築物群の内部を見ることができました。いい機会になりましたね!

 

秋の遠足をサポートしてくれた会員の横張君が、みんなにいろいろな話をしてくれながらの公園内を哲学散歩♪

大人の遠足って感じの上り下りも程よくあって、佳い運動にもなりました。

 

 

ここ、いつも閉まってる場所だよ~

わくわくでのぞき込む哲学オタクたちよ♪

子供のような顔しているではないか!(笑)

 

 哲理門では、天狗と幽霊に出迎えられましたね

哲理門には右側に天狗、左側に幽霊の像があるんです。天狗を物質界、幽霊を精神界の象徴として不思議・不可解を表しているようです。

 

各建物内で、写真や哲学堂の年表などが展示されていて

四聖堂には涅槃像、宇宙館には聖徳太子の像がありました。

 

公開されていたのは→四聖堂・宇宙館・無尽蔵・絶対城・六賢台 でした。

 

哲学堂公園の古建築物

四聖堂【明治37年4月建立】

[木造平屋建・方形・桟瓦葺・一重]

 

本堂に東洋哲学の孔子と釈迦、西洋哲学のソクラテスとカントの「四聖」を世界的四哲人として祀るために建立されました

六賢台【明治42年11月建立】

[木造六角塔・外観2層・内部3層・相輪・一重・二重・桟瓦葺・外部板張] 

ここに東洋的哲学人として、日本の聖徳太子・菅原道真、中国の荘子・朱子、印度の龍樹・迦毘羅仙の六人を「六賢」として祀ってあります。

無尽蔵【推定明治42年~45年頃建立

[二階建・瓦葺寄棟]無尽蔵は陳列所で、井上円了博士が国内各地を周遊された時の記念品など、種々雑多な物が陳列されていました。二階建てで一階は[万象庫]、二階は[向上樓]と名付けられています。

宇宙館【大正2年10月建立】

[木造平屋建・方形・桟瓦葺・二重・出隅に切妻ポーチ] 

哲理門を抜けた左手にあり、建物脇に幽霊梅(ゆうれいばい)があります。哲学が宇宙の真理を研究する学問であるとの観点にもとづき、さらに圓了の考案で内部横斜めに皇国殿という八畳敷の一室を哲学の講習の講義室として設けられました。聖徳太子立像(和田嘉平作)が堂内に安置され屋根上部の棟部分に烏帽子がついています。

絶対城【大正4年10月建立】

[木造二階建・寄棟(腰折屋根)越屋根付・桟瓦葺一部鉄板葺・二重・外壁鉄板張・玄関陸屋根平屋・鉄板葺]

万巻の書を哲学界の万象とみたて、それを読み尽くせば「絶対の妙境」に到達するという寓意から図書館を絶対城と名づけました。

これは園内の幽霊梅です。

みんな、写りたがらなかったので(笑)

私が挑んでみました。主宰者の意地をかけて!

 

井上博士が駒込に住んでいたころ、庭の梅の木の下に幽霊が出ると大騒ぎになったという、いわくつきの梅の木を移植されたそうですよ。写ってる?幽霊?(笑)

いや、これ、わたし。ははは。

 

この公園

歩くだけで哲学の修行ができるんです

 

こちらは唯心庭でございます。

 

ひとりで歩いた時と

みんなで歩いたときは

なんだか雰囲気が違った

 

毎年夏に~怪談の夕べ~が行われているそうです

春は花見、夏は怪談、と哲学堂って穴場のお楽しみスポットです♪

次は花見に行こう!

 

サポートしてくれた横張君ほんとうにどうもありがとうございました!

神秘主義やオカルトについていろいろ話してくれました!

 

今回の遠足で話題に上った人たちの紹介

コリン・ウィルソン( 1931年6月26日 - 2013年12月5日[1])は、イギリスの小説家、評論家。

その博覧強記な才能によって、殺人、オカルト、心理学などを独自の思想から論じてきており、自身ではこれを「新実存主義」と呼んでいる。この他、SF小説や警察小説なども執筆している。

ルドルフ・シュタイナー( 1861年2月27日 - 1925年3月30日(64歳没))は、バルカン半島のクラリェヴェクで生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者である。

水木 しげる(1922年3月8日 - 2015年11月30日)

日本の漫画家。

文化功労者、傷痍軍人。

本名は武良 茂(むら しげる)。

ジョルジュ・アルベール・モリス・ヴィクトール・バタイユ(1897年9月10日 - 1962年7月8日)

フランスの哲学者、思想家、作家。フリードリヒ・ニーチェから強い影響を受けた思想家であり、後のモーリス・ブランショ、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダなどに影響を及ぼし、ポスト構造主義に影響を与えた。

1930年代、戦争の予感と不安が立ち込める中、時代に抗してバタイユは、新しい宗教を起こそうと秘密結社「アセファル(無頭人)」を結成。

 

以上の方々の話が出た気がしますので、簡単なプロフを掲載しておきますね、気になった方は、ぜひ本を読んでみてくださいね♪

 

さてさて、少し寒かったから一部は短めに切り上げて場所移動!

そして。。。。呑む。。。(笑)

 

二部だけの参加者も登場♪

二部もオカルトや神秘主義から政治ネタまで

盛り上がる僕ら♪

秋の遠足も楽しかった

来年の春の花見も今から楽しみだ!

 

初めましての方もいらっしゃいました

とても、嬉しいなぁ

遠足からの参加で、読む哲学カフェの雰囲気、わかりやすく伝わったんじゃないかと。。(笑)

哲学は、楽しみながら行うと、人生に効きます。

二部では、来年はなにを哲学するか、みんなに話を聞いたりしながら考えました。

 

哲学することを年齢や金銭的な問題であきらめないでよかった

哲学を死ぬまで愛していこうと感じた1日でした。

 

 

中野 哲学堂公園

所在地     〒165-0024 
東京都中野区松が丘1-34-28
 
電 話     TEL/03-3951-2515  FAX/03-3951-2280
 
交 通     ・西武新宿線「新井薬師前駅」から徒歩12分
・都営大江戸線「落合南長崎駅」から徒歩13分

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コメント: 2
  • #1

    通りすがりのプラトン主義者 (水曜日, 18 10月 2017 09:08)

    こんにちわ
    哲学とオカルト・神秘というのは、表裏一体の関係ですね。
    語れぬものを語ろうとすると、どうしても、論理を越えた、あるいは、論理や科学の「影」みたいなものが、ちらほら覗く。有限な人間にとっての無限や未知の顕れ。
    また、妖怪やら怪異やら、「魔」といったものは、ちょうど、人間にとって「死」の事実が生の厳粛さを担保するように、「魔」は、文明にとっては、人の傲慢をただす戒めである、かなと。
    まあ、妖怪やら怪異が存在した方が情緒がありますね。光あるところに必ず闇はある(笑)。

  • #2

    とっこ (火曜日, 31 10月 2017 09:58)

    遠足お疲れさまでした!本当に楽しい遠足でした!寒かったけれど(笑)春の遠足も今から楽しみです♪

    >哲学とオカルト・神秘というのは、表裏一体の関係ですね。

    ほんと、ほんと、そうなんですよ。
    表も裏も、右も左も、前も後ろも、上も下も
    すべてが人間の知性が司っている。。。ように
    オカルト・神秘も、哲学に含まれるという事実。。
    そして、それを司っているのも、やはり、私たちの知性と霊性だなぁと。

    この霊性というのは鈴木大拙のいうところのものですが、プラトンの言うところのイデアだろうし、もっと違う言い方であれば、仏陀の空、イエスの愛、そのようなものが、知性の隣に存在することを、私的には認めざるを得ないわけです。しみじみ。

    >妖怪やら怪異が存在した方が情緒がありますね。光あるところに必ず闇はある(笑)。
    まったく同意(笑)
    闇なくして、光なし。みたいな。。ハハハ!