第47回 忌野清志郎という生き方を考える

 

忌野清志郎(いまわの・きよしろう)

 

出生名 栗原 清志

出生   195142

出身地 東京都中野区

死没   200952日(満58歳没)

高尾霊園高乗寺に眠る

 

活動期間      1970年 〜2009

誰でも知ってる清志郎。

ゆえに、どんな展開になっていくのかが楽しみでしたが

やはり、人間存在の人生から、その人の生き様から、「生きる」ということを紐解くのはとても難しいことでした。

 

ですから、音楽や絵画が、この世に存在するのではないかと思えるくらいに。。

 

清志郎自身も、歌だけでは収まりがつかなくなった自分の情熱を他の芸術作品や文学作品にまで発展させていますからねぇ。

 

人間の情動というものの可能性は想像を絶する力があるのでしょう。きっと、デカルトも深くうなづいている気がします。

 

写真には写りたくない参加者を含めると
総勢9名で清志郎という人の生き方を振り返り

また、その人生と自己の人生を重ねたり

時には、離したりしながら考えました。

 

ご参加いただいたみなさん、よい哲学をどうもありがとうございました!

清志郎さんは3歳の時に実母の富貴子さん(享年33)と死別している。実父は清志郎さんの実弟だけを引き取り、清志郎さんは富貴子さんの姉夫婦の養子となったのだ。育ててくれた父母が実の両親ではないと聞かされたのは、継母が86年に他界した時。継父から「俺は本当の父親ではない」と告げられたとされる。その継父も2年後に亡くなり、育ての両親を失ったのをきっかけに、筆を執ったのだ。おばさんが持ってきてくれたアルバムには、初めて見る実母の写真があった。

 

ノートには「HAPPY」と題し、その時の抑えきれない喜びようが残されています。

HAPPY 

ああ、何ていう気持ちなんだろう!

初めて恋人に会ったような気持ち

そう、初めて恋人ができたような気持ち

いや、それとはちょっと違うかな?

でも、恋人の写真みたい

なんだか、そんな気持ち

今まで見たどんな写真より、いい写真

     (実母:富貴子さん)

                            37年近く生きてきて

                      とにかく初めての気持ちなんだ

                     とっても幸福な気持ち

                    だけど、涙がどんどん出てきちゃうのさ

                    気がつくと、ぼくの目に涙があふれてる

                     涙が流れ落ちるんだ

                    その可愛い顔が見えなくなっちゃうんだ

                    とても不思議だ。初めてだよ、こんなの

 

                     世界で一番可愛い顔なんだ

会も中盤になると、皆さんの意見が活発に交わされました。今回も本当に勉強になりました。どうもありがとう。人間は素晴らしいです。

実は、このブログを書いているときに最後の最後で、記事が全部消えました。ゆえに、この文章はサイドの書き直しです。がっくり来ましたが、清志郎が「こんなんじゃなくってさ、ちょっと違う風に書いてくれよ」って言ってきた気がしたので、新しく書き直しています。そして、内容も変えます(笑)最初に書いた文章内容が知りたい方は次回の哲学カフェでお尋ねください。泣きながら語ります。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は何を信じていたのでしょうか

 

彼は何を信じられなかったのでしょうか

 

彼は何を信じたかったのでしょうか

 

彼は何を信じてほしかったのでしょうか

 

 

皆さんから出た貴重なご意見

 

・真の芸術家だったのだなぁ

・自分のルーツを探りたくなった

・血のつながりのことを考えた

・自己喪失感を感じた

・目に見えないものになぜ引き寄せられてしまうのか

・人はなぜ自分が何者かを知りたいのか

・人間は厄介だ

・家族という共同幻想

・自己の本質と相対関係で存在している自己とのギャップ

・人格形成に家庭環境が大きく影響している

・自己をどうとらえ、何処をよりどころにするか、また盲目的に信じることでそのラベルはがらりと変化すると感じた

 

などなど。。。本当に貴重すぎる意見をかいつまんでご紹介しました。

 

 

 

がんが再発した時に

彼は自身のブログで

コメントを発表しています。

 

 

 

 

 

「ブルースはまだまだ続いているというわけだ。」

この言葉がやけに沁みます。

ブルースはまだまだ続いている、あなたがいなくなった現在も、私たちの胸の中に続いているよ。という気持ちです。

 

私的には、がんが再発した後、再復帰した彼の選択に心がひかれます。

家族とともに、静かに生きることを選ぶこともできたのでしょうが、彼は「忌野清志郎」として生き続けることを選んだのだという事実。ここにはたくさんの責任や覚悟が存在したのでしょうが、きっと、彼の最後の言葉のように、「夢を忘れずに!」生きたのだといえると思います。

 

人間は夢を抱くもの。

その夢を叶えながら生きている。

もちろん叶わないことだらけだけど

たとえ叶わなくとも生きていける

でも、夢を抱かなくっちゃ息苦しい

それで今日も、夢を抱いて生きる。

 

忌野清志郎という生き方を垣間見て、私が思ったことです。

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コメント: 2
  • #1

    ナナコ (火曜日, 10 4月 2018 22:54)

    今回も面白く参加させていただきました(*^^*)
    消えてしまった記事、とても気になります……!
    次回は行けないから、残念(´・ω・`)
    次々回?に聞かせてください(´・ω・`)


    >総勢9名で清志郎という人の生き方を振り返り
    >また、その人生と自己の人生を重ねたり
    >時には、離したりしながら考えました。

    本当にここが面白くて!
    他人の人生について何か言おうとすると、他人の人生を生きたことがないから、自分の人生を振り返らざるを得ない。ので、自分の人生観を話すことになる……(正確に言うと、「もし私が忌野清志郎だったら」を考えてしまう、かな?)

    自分と他人の人生を離して考えること、言わんとすることは分かりますが、文字通りの意味のことは、できないと思います。だって、「離して考えている」と考えているのも自分だから。
    どうしても、やっぱり、自分の人生を話すことに……というか、話してしまったのか。わー、恥ずかしいなぁ!笑


    >人間は夢を抱くもの。

    の歌、素敵ですね。好きです。
    夢なんて確実性がないものは、哲学愛好家は持ってたらダメだと、その夢の先が知りたいんだ!と思っていましたが、人は夢を捨てて生きるようにはできていない、最近はそんな風に思います。

  • #2

    とっこ (日曜日, 15 4月 2018 19:38)

    ナナコちゃん、コメントをありがとうごさいます。

    そして、今回のカフェも貴重な意見をありがとうございました。
    「もし私が忌野清志郎だったら」の視点はとても重要なものだと思いますし、ナナコちゃんの言うように、「私が清志郎だったら」という感覚がベースで妄想する仕方でしか考えられませんからね。「私が彼だったらどう生きただろうか」という視点をもてば、現在の自分を客観視することにもつながると思います。また、自分で考えているようでいながら「なにかに考えさせられているとしかいいようがない」そのようなもののことも客観視できたりします。
    特に、彼の詩は、日本の詩人としての価値は100年後、もっと高いものになっているのではないだろうかと、私は思っているので、清志郎で考えてみるって大事だよね、なーんて言葉が、未来では交わされているかもしれません(これも妄想!)
    妄想っていう名の夢をみさせてくれる力が彼の作品にはあります、彼の生き方にもありましたね!

    >人は夢を捨てて生きるようにはできていない、最近はそんな風に思います。

    このナナコちゃんの一文、素敵!