第22回 忌野清志郎という生き方を考える午後

 

長野での読む哲学カフェも22回目となり、この会にも、レギュラーメンバーもいらっしゃるように成長しております。こつこつとですが。長野のマゼコゼさんでみなさんと哲学をこつこつ積み重ねていけることに、ただただ感謝の時間でした。

 

そして、ここ長野でも「忌野清志郎という生き方」を考えてきました。

 

さすがに2回目ですので

私はそこそこ熟した哲学をせねばな!と意気込んでおりましたが、いやはや、マゼコゼのつねこさんも、参加してくださったオビちゃんも、清志郎ファンであったことが判明!(笑)

とうてい私なんか叶わないわけです。

 

でも、いいですね。好きだという人の哲学的な見解と、そうでもない人の哲学的見解を、両方とも聞けるって、すごく実り多いことです。

 

皆さんの意見も興味深かったです。

 

「忌野清志郎、という名前をもって、栗原清志君は、別の何某かになる必要があったのかもしれない。」という意見は複数出ましたね

 

そして、桜井さんが持参してくださった清志郎のCDをみんなで最後の一言前に1曲聴きました。その曲を聴いた後の意見で。。

「こうやって、哲学的に生き方を考えた後CDを聴いたら、新しく聞こえる。」という意見も出ました。

オビちゃんは泣き出しちゃったしね!そのくらい清志郎って影響力があるんだね。。。

つねこさんが「アーティストは普遍的なものを生み出す人」というようなことをおっしゃっていたけれど、きっとそういうことかもしれない。彼はアーティストであったのだ間違いなく!そして、亡くなった今もなお!

そうだ!どなたかが、どなたか覚えていなくて本当にもどかしいのですが、「なくなってない、旅に出てるだけ」というようなことを言ってくれてましたね。。そうか、そういうことかもしれないな。

 

みんなで聞いた曲はこちら

 

お化粧やアクセサリーや派手な衣装のこと、もしかしたら、それは、彼にとって「忌野清志郎になる儀式」だったのかもしれないねなど話しながら、みんなにも、自分が何某かになる儀式ってある?というような質問をしてみました。みなさんの答えがちゃんとあったことが予想外でした。だって、みんな「別の何某か」になりながら生きてるってことだから!生きるってそういうことなのかもなぁと。。。。

 

好きな人もそうでもない人たちが、たまたま集まって忌野清志郎に成り代わって彼の人生から「生き方」を哲学するって、本当に大変意義のあることだと思いました。きっと、だからお葬式で故人をしのぶって大切なことなんだなと思います。故人のことを、その生き方を思い出しながら、いろんな関係にあった人々が語り合うことで、その一人の人生を共有しつつ昇華させていくことにつながるんだなぁと。

2回も彼のことを考えた私としては、彼が、なぜ、忌野清志郎として生きたのか、生きざるを得なかったのか、本当はどうしたかったのか、でも、思い通りに生きたのかもしれない、様々な憶測を様々な方々と交わらせながら時間を共有できたことで、天国で栗原清志君は、実のお母さんと、そして継母さんとも、楽しく歌っているんじゃないかという考えが浮かびました。子供だましのような考えですが、そのような宗教観を持った日本人なのだと、自分のアイデンティティを再確認することもできたりで、誰かの人生を哲学してみるというのは、決して悪いことではないなぁと思う次第です。

上記の「共有することで昇華される」という言葉は、実は、参加者のゆきつぼさんの「お母さんの想いを共有することで消化したのではないかしら?」という哲学を発展させたものです。

 

ね、繰り返すことで、誰でも立派に哲学者となる。大きな哲学者の名前を利用してばかりいたらなかなかたどりつけない「自己の内から出る哲学」「暮らしに役立つ哲学」「人生を支える哲学」それを感じた瞬間もあり、本当に佳い時間でした。

 

ありがとう、清志郎!